天国途上 〜生きること思うこと〜

イエス・キリストを信じて、聖書を学び続けながら、ほんとうの幸せに出会いました。 私の日常は平凡なのに感動があふれ、問題や失敗もあるのに希望があふれています。 人生はそのゴールである天国へ向かって変えられ続けています。こんな私が日々思うことを公開します。 仙台市郊外にあるプロテスタント教会在籍。

見えない贈り物

いつからか、外出中にふと目に留った人や家などのために、心の中で祈ることが増えてきた。 もちろん、見ず知らずの人たちだ。 だからこそ、「祈りなさい」と私の視界に入れたのは神様なのではないか...と思わずにいられない。 神様の祝福がありますように...…

もっと祈らなければならない?

もっとたくさん「祈らなければならない」と、気持ちが追い立てられることがあるだろうか。 そういう気持ちは、正しい考えのようであっても要注意かもしれない。 「自分の祈りが足りない。だからうまくいかないんだ。もっと祈るべきなのに私はできていない。…

弱り果てるな

先日「水切りトマト」なるものを初めて見つけた。 水を極力与えずにストレスをかけて育てることで、旨味などが凝縮された甘いトマトが実るそうだ。 私が購入したものも、真っ赤に熟してみずみずしく、甘くて美味しかった。 聖書には、神様は人を成熟させるた…

心が戦場になる?!

ここ数日、福音書をはじめから読んでいる。 私がどうか、周りはどうか、何をどうすべきかなどの答えを意識せず、イエス様がどういう方かとじっと目で追い、主イエス様の内に身を浸すような時間を求めて。 「あなたにとって、キリストであるわたしの価値は、…

スタートライン

「初心忘れるべからず」 「原点に帰る」 誰もが知っている言葉であり、その重要性をなんらかの形で経験したこともきっとあるだろう。 先日、クリスチャン映画『復活』(ケヴィン・レイノルズ監督 ジョセフ・ファインズ主演)を観た。 座席5列ほどの小さな劇…

「思い通りにならない」と嘆きたくなる夜に

気落ちさせる出来事がある。 周りの人たちが期待通りでない。 家族が願い通りになってくれない。 職場、学校、教会、地域、環境が、望み通りでない。 何より、自分自身が、ちっとも思うようにならない。 何もかも良くならない。 いや、悪くなっていくばかり…

バッドタイミング OR グッドタイミング

ここぞという時って、ありますよね。 その機会を生かすか、台無しにするかの差は、その時に自覚している以上に大きいのかもしれません。 先週あった夫婦の一コマから。 その日は早朝から慌ただしく、まる一日聖書セミナーに出て頭をフルに使い、帰宅して簡単…

良い時も、悪い時も、色々あります

ぽとん...と何かの穴に吸い込まれてしまったみたいに、気づいたら見える景色が変わってしまっていることがある。 心が自分のものでなくなったように反応が悪くて、 自分だけ取り残されたような心細さが広がる...。 希望と喜びで見えるものがキラキラしていた…

普通が普通ではないと気づく時

五月連休を利用して熊本へ行ってきた。 前々から阿蘇旅行を計画して温泉と登山を楽しむ予定でいたのだけれども、今回の地震の影響で当初予約していた宿は宿泊不可となった。 夫婦で話し合い、余震があるけれども旅行をキャンセルするのではなく、少しでも現…

生き方をトレーニングする

「敬虔」と聞いて、あなたは何を思うだろう。 特別に宗教熱心、修道院に入りそうな生真面目な信仰というのが一般的印象かもしれない。 ちなみに私は、敬虔という言葉が聖書に出てくる時、自己中心と反対方向にある「神様中心(の生き方)」という理解で読ん…

マンネリな毎日がチャレンジングに!?

「私が今日一日、あなたに喜ばれる選択を一つでも多く重ねることができますように、神様どうぞ助けてください。」 私は、ごく最近になって、朝の祈りに必ずこの願いを添えるようになった。 意識しているのは「あなたに喜ばれる選択」だ。 キッカケは一冊の本…

思い描いた人生と違う現実をどう受け入れますか?

先日の出来事。 信号のない横断歩道に一人じっと立つ女の子がいたので、私は車を停止して手真似で「どうぞ」と促した。 小学校2、3年生と見える小柄なその子は、ペコリと頭を下げて横断歩道を小走りで行った。赤いランドセルが背中で揺れて、なんだか微笑…

悩み多き日の処方箋

私たちは、自分が考えることを意識的に取捨選択する必要がある。 思考を健全な方向で管理する責任は自分自身にある。 聖書のピリピの手紙をここ数日ディボーションしながら、充実したクリスチャンライフと習慣的な思考の関係を黙想していた。 くよくよしない…

「変われない人」の落とし穴は?

白鳥が隊列を組んで空を舞う姿が見えなくなったら、もう春だ。 今年もウグイスが「ホーホケキョ」の練習を始めている。 ホホ、ホゥ、ケッ、キョ、ケキョ...と、いかにも不器用な鳴き声が繰り返し聞こえる。 「この、ケキョって鳴く鳥、最近よく鳴いてるけど…

騒ぐ心、沈む心に、希望の出口を

これまでのパターン、今の自分の状態、置かれている環境、周りの状況や人間関係...。 そういうものを見つめながら、明日のことを考えるのはやめよう。 これからどうなるのか、何が悪かったのか…。 どうしよう、どうしよう、と漠然と思い悩むことを手離そう。…

祈りの世界

人にはだれでも祈り心があると思う。人間ではない、はるかに高い領域におられる偉大な存在を思い、介入を望んで接点を得ようとする心の動き。被造物である人間が自分のルーツである創造主を魂の奥底では知っているからだと思う。 このところ、聖書の詩編を味…

口先だけでなく、真実に...

東日本大震災からちょうど5年を迎え、テレビでも特集が多く組まれている。 被災地を忘れないで思いを寄せてくださっている方々が実に多くいて、震災の影響にいまだ苦しむ人々の心と生活の復興のために尽力してくださっている多くの取り組みがあること、また…

虚しさに襲われることがありますか

このごろ私は、天国のことをよく思うようになりました。 人間関係のままならなさ、自分自身の欠陥に意識がとらわれ、誰のせいというわけでもなく、それぞれが善意の心で精一杯やっているはずなのに、大切にしてきたものがこぼれ落ちていくような虚しい感覚に…

続・プレッシャーが希望に変わる時

聖書に示される「このようでありなさい」という命令を前にすると、喜びや平安が揺らぎ、頑張ろうとするけどかえってパフォーマンスが下がってしまう。そういうことが、あなたにもありませんか。 私はそういう傾向が強くありました。 しかし、繰り返し福音を…

プレッシャーが希望に変わる時

あなたがたは偽りを捨て、おのおの隣人に対して真実を語りなさい。怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。ただ、必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話…

「昔の自分」と「今の自分」

ある日、親しくしている友人とこんな話題になった。 「クリスチャンはイエス様の御霊をいただいて新しいいのちを生きるようにされた者だから、私たちはみな、それぞれに、信仰を与えられる前の自分にはなかったものを今の自分に発見することができるって学ん…

自分の短所に向き合ううちに見えてきたもの

ここ数年、特別に祈りながら取り組んでいる自分の課題がある。 それは、聞くこと。 無意識でいるなら、私自身の傾向は、自分がしゃべりたいことをしゃべりたいようにしゃべる。誰かと会っていても、聞いている時間と話している時間との割合でいえば、圧倒的…

人生を分ける問い

私たちの人生には、将来を大きく左右するいくつかの決断の時があると思う。その決断において私たちは様々に自問自答するのではないか。 問いは決断を促すものでもあると思う。 前回の記事に書いたように、かつて信仰生活が行き詰まっていた私が、失望を抱え…

クリスチャンライフに苦しむあなたへ

昨年8月に書いた“教会”に疲れたあなたへ - 天国途上 〜生きること思うこと〜が注目記事に留まり続けている。また、東京在住の友人たちから「しばらく教会を離れることにした」という連絡を重ねて受けて、その背景にある問題や痛みを思わされている。安易にど…

正直になる自由

たいした失敗じゃない。誰にも知られずに、なかったことにできる・・・。つい先日、ネット通販で注文しておいたスマホケースが届いて、それを手にした時のことだ。「あれ?ちょっと小さい?」と一見して嫌な予感。すぐ手持ちのスマホを装着してみようとする…

人格的成熟を願うあなたへ

愛、喜び、 平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制。これは、イエス・キリストを信じた人がその信仰生活を健やかに歩んでいくうちに与えられてくる人格的特徴として聖書が約束しているものです。キリストの御霊である聖霊によってその人に実ってくる品性…

続々・恵みの眼差し

「恵みの眼差し」をテーマに続けて書いてきました。一回目は「恵みの眼差しの影響力」について、二回目はその影響力の前提となる「恵みの眼差しのあり得なさ」について分かち合いました。そして今回は結びとして「恵みの眼差しの重み」についてを祈りつつ書…

続・恵みの眼差し

前回「恵みの眼差し」というテーマでノアの聖書箇所の黙想から、私が顔面に大怪我をした時のエピソードを書いた。 (恵みの眼差し - 天国途上 〜生きること思うこと〜)今回は続編で、恵みの眼差しというものを単に自分を喜ばせてくれる好意的視線と考えるな…

恵みの眼差し

目は口ほどにものを言う。誰もが体験的にこの真実を証言できるだろう。一言も発しなくても威圧的な視線で人を黙らせることができる。見下すような目、相手にすらしないような冷ややかな目によって傷ついたことがあるかもしれない。逆に、慈愛に満ちた温かい…

孤独を恐れない信仰

聖書の神を信じて、本気で、神を神として生きようとするなら、いわゆるみんなに好かれる「いい人」とか誰もが羨む 「幸せな人」とは違う方向の人生なんだなぁ。最近、旧約聖書のネヘミヤ記を毎日1章ずつ読んで黙想(ディボーション)していたのだが、最後の…