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天国途上 〜生きること思うこと〜

イエス・キリストを信じて、聖書を学び続けながら、ほんとうの幸せに出会いました。 私の日常は平凡なのに感動があふれ、問題や失敗もあるのに希望があふれています。 人生はそのゴールである天国へ向かって変えられ続けています。こんな私が日々思うことを公開します。 仙台市郊外にあるプロテスタント教会在籍。

自分の短所に向き合ううちに見えてきたもの

ここ数年、特別に祈りながら取り組んでいる自分の課題がある。

それは、聞くこと。

 

無意識でいるなら、私自身の傾向は、自分がしゃべりたいことをしゃべりたいようにしゃべる。誰かと会っていても、聞いている時間と話している時間との割合でいえば、圧倒的に自分が話しているタイプだ。

そのような性質は一方的にアウトプットする手紙やブログのようなコミュニケーションツールでは、生かされている面もあるとは思う。

 

聞くべき時に落ち着いて相手の言葉に耳を傾け、よく聞くことができる人は素晴らしい。良い聞き手であることは決して簡単なことではなく、積極的で意志的な愛の行為だと思う。

 

何をどう話すかにもよるけれども、話すことそのものが悪いわけではないだろう。

問題となるのは、話してばかりで聞かない態度であって、静まって聞くことができない性質、と言ってもいいかもしれない。

 

聖書には、しゃべりすぎる人の愚かさを絶妙に言い当て、自分の口に対する注意を促す言葉が多い。耳は痛いが大切な気づきを折々に与えてくれる。


【ことば数が多いところには、そむきの罪がつきもの。自分のくちびるを制する者は思慮がある。】箴言10章

 

【自分の口を見張る者は自分のいのちを守り、くちびるを大きく開く者には滅びが来る。】箴言13章

 

 

聞くべき時には誠実に聞くことができ、語るべき時には語るべきことを適切に語ることができる。それが健全な成熟であり、聖書が教えている自由や自制の現れだろうと私は考える。

 

 

次のような聖句も私の心に刺さる。

【だれでも、聞くには早く、語るにはおそく、怒るにはおそいようにしなさい。】(ヤコブの手紙1章)


このような指摘が書かれているのは、まず聞こうという態度がなく、自分の言い分を並べることばかりが先立ち、不満を抱きやすいのが、私だけではなく誰にもある罪の性質だからではないか。

おしゃべりは生まれつきの性格だから仕方ないとばかり言ってはいられない。

 

 

じっくり聞きもしないでわかった気になるのは高慢だし、

よく理解してもいないのにわかったようなことを言うなら愛がないし、

相手が話したいことには無関心で自分の思うことを一方的に聞かせて満足しているなら自己中心以外の何ものでもない。

 

聖書に向き合いながら、そんな自分自身の姿に徐々に気づかされ、内なる罪の現れだと認めて、悔い改めに導かれてきた。

 

悪い傾向を直すべく関連の本を読み、具体的な実践を試みるが、なかなかうまくいかない。はじめ頑張っても最後には失敗している自分に頭を抱える。

かろうじて口を制したとしても、我慢している「言いたいこと」で頭の中が充満している...。

 

「愛をもって聞く者へと私を変えてください。自制を与えてください。」という祈りは切なる願いとなり、自分ではどうにもできない罪の性質に対して主の恵みを乞う態度にされた。

 

過去の話ではない。

この課題、この祈りは現在進行形で私の中にある。

 

「昔はしゃべってばかりで人の話を聞かない人だったのよ。でも主が私を変えてくださったのです。」といつか言えるように、この領域でも主に栄光を帰す者になりたい。

「みことばに従って罪の性質が変えられました」と証しできたらいいのにと思う。

 

しかし、実績ある成功談でなくても、聖書に向き合い、失敗しながら神様の助けを求めている現在のプロセスにも、主の栄光はあるのではないか

 

 

思慮深い愛をもって耳を傾ける者であろうとする一点においても、スキル以上に私の心のありようが問われた。

結局は人格的成熟が求められていると知る

それは、愛そうと思ってもふさわしく愛せない罪の現実との直面に他ならない。

愛のない自分が心底悲しくなる時がある。

悲しいことは悲しいのだけれど、そういう観点で悲しむことは以前の私にはなかったことで、これも神様の恵みによって導かれたことだと信じている

 

だから、神様の導きのただ中で生かされているのだから、私の試行錯誤や葛藤には希望がある

「無駄に終わることはありません」と宣言し、感謝と願いを祈り続けることができる。

 


聞くことにおいて葛藤を続けているうちに、新たな感動をもって認識したことがある。

それは、神様こそ、私たちに愛をもって耳を傾け、ひたすらに聞いて聞いて聞きまくってくださっているお方だということ。

 

アポなし歓迎。年中無休の24時間対応。

制限時間なし。秘密厳守。

際限のない愚痴や泣き言も受容し、何を打ち明けられても動揺しない。

ご自身に対する的外れな批判、感情的な暴言、自分本位の不平不満さえ拒絶しない。

気まぐれな態度、一貫性のない主張、偉そうな言い方にすら忍耐して耳を傾けてくださる。

 

聞くだけではない。

うまく言葉にならない心の奥や複雑な事情まで真実に完全にわかってくださる。

理解者であるだけでもなく、時に適って必要な真理を教えて慰め励まし、祈りに答えて絶妙に助け、総合的に導いていてくださる。

 

あぁ。神様、すごすぎる! 

こんなお方はいない!!

私はこんなふうに愛されて、神様にずっと付き合ってもらっていたんだ!

 

圧倒的な喜びは、やっぱり、主を知ることです

このお方が、こんな私をもご自身に似た者へと変えると約束してくださっているのです。

クリスチャンライフは、希望をもって葛藤する天国途上

 

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