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天国途上 〜生きること思うこと〜

イエス・キリストを信じて、聖書を学び続けながら、ほんとうの幸せに出会いました。 私の日常は平凡なのに感動があふれ、問題や失敗もあるのに希望があふれています。 人生はそのゴールである天国へ向かって変えられ続けています。こんな私が日々思うことを公開します。 仙台市郊外にあるプロテスタント教会在籍。

希望の出発点

大河ドラマ真田丸』がおもしろい。脚本が三谷幸喜なだけあって随所にシャレが効いている。私が時代劇好きなのは子供の頃からで、祖母や父母の影響だと思う。

周りは西城秀樹郷ひろみにキャーキャー言っているというのに、私は『遠山の金さん』に夢中で杉良太郎が片肌脱いで啖呵を切る(わかる人にはわかる話)マネをしている小学生だった(笑)。

 

私の父は私が結婚して間もなく亡くなった。まだ50代の若さだった。

真田丸を見ながら、その父を思い出す。

「自分は生まれてくる時代を間違えたんだ」と、父はよく言っていた。

その意味は、自分は戦国時代に生まれるべき人間だったということらしい。戦乱の世なら命がけで君主に仕え勇猛果敢に戦って一旗上げて、時代に名を残せたかもしれない...という男のロマンを語っていたように記憶している。

家庭的とは言い難いそんな父を、私は嫌いではなかった。

 

私たち人間は、確かに時代に翻弄される存在だろう。

どの時代にどの国に生まれ、どんな家庭で、どんな環境で育つかの影響は小さくない。

自分の世界が自分の望んだものと違うと気づいたとしても、「自分はここにいるはずではないのに...」と考え続けるのと、「自分は今ここで生きるように神様に創造されたのだから...」と考えるのでは、だいぶ生き方が違うように思う。

 

聖書には次のような言葉がある。 

【あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また、「何の喜びもない」という年月が近づく前に。】伝道者の書12章

 

創造主なる神...という知識を、全く知らずに私は育った。

人生は残念ながら不公平で、生まれる前から定まった抗えない運命で動かされていると漠然と信じていた。

だからか、本気で抱く夢はなく、無理を承知でチャレンジする楽しさを知ることもなく、やってくる運命と折り合いをつけて大きな失望をしないような生き方を身につけて大人になったのかもしれない。

 

--- 創造主なる唯一の神がおられる ---

この聖書の真理は私の人生観を一変させた。

私という存在に真のオーナーがいて、そのお方は愛と義なる全能の神様で、私のような小さな一人まで目的やご計画をもって創造してくださったのだ。

私がいま、ここに、生かされているということには、神様の意図がある。

嬉しい状況でも苦しい状況でも、私が何を持っていようと何を持っていないとしても、神様が私に望んでおられること、私に学ばせ実行させようとなさっていることは何だろう...と、答えをもっておられる方を仰ぐことができる。

「生まれてきたのが間違いだった」などという考えは入る余地がない。

この真理は、私たちに自分の人生を最後まで全うする力を与え、仮に出口の見えないトンネルの中を孤独に歩むような日々にあったとしても心の支えとなり得る。

 

人生の意味が見出せず、生きにくい時期というのは、誰にもきっとあるだろう。

いや、今は、子供から大人まで、生きることに疲れる時代であることは明白だ。

しかし、信頼に値する確かなお方、永遠を治める創造主を人生のオーナーとして知っていることこそ、この時代に決定的なのではないか。

 

創造主なる神がおられることを出発点とし、人間や世界を被造物であると認めて生きるとき、自分の人生だけでなく世界の歴史すらも意味合いが違ってくる。

そこには決して消えることのない希望の光が射し貫いているように私には思える。

 

【初めに、神が天と地を創造した。】創世記 1章1節

  

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